VENUS PETER
Introduction

VENUS PETER

〜 魂のひとつやふたつ、悪魔にくれてやれ! 〜

THE BEST OF VENUS PETER ・ ライナーノーツより抜粋

「とにかくソウルフルに歌いたい」初めて会った時、あのバンドすなわちヴィーナス・ペーターのヴォーカリスト沖野俊太郎は、確かそう言った。 インディーレーベル<ワンダー・リリース>に籍を置いたまま、かつての僚友・小山田圭吾(2人はビロードというバンドを組んでいた事がある)率いる<トラットリア>入りすることになるこの5人組は、90年6月の結成以来、1年も経たない内に大きな注目を浴び、91年にリリースしたファーストアルバム 『ラヴ・マリーン』 がたちまちインディーチャートの1位に輝くという、派手なデビューを飾っていた。「それぞれちょっとしたキャリアを経た」 (彼らをよく知る友人・談) メンバーは、そんな周囲の状況に、振り回されたくないという気持ちと振り回したいという野心の狭間で揺れ動いていただろう。ただでさえ彼らは、あまりにも唐突なフリッパーズ・ギターの解散を受け入れることができない子供達にとっての救世主役を演じざるを得ない重圧と戦わなければならなかったし、おまけに「英語詞」「日英同時進行」といった彼らにとってはあたりまえの前提に対して向けられるメディアの無理解と過剰反応にも悩まされた。そして、それは最後まで彼らの足を引っ張る事となる。

ぼくが沖野に会ったのは、彼らのメジャー・デビューが決定した、その年の瀬のことだった。黒の革ジャンを無造作に羽織り、長身を持て余すように佇む姿を肌寒い12月の夕闇に浮かび上がらせた彼とその時交わした会話の詳細を、ぼくははっきりと思い出せない。ただ鮮明に覚えているのは、ぼくの「沖野君って・・語彙少ないでしょ」というぶしつけな突込みを「なんでわかるの!?」と心底驚いた表情&爆笑で返してきたこと、「酔っ払ってる時がいちばん幸せ」というつぶやき、そしてふと漏らした「ほんとは何やってもつまらないんだ」という一言。そんなところに何か痛いほどの”リアル”と、原石のきらめきの両方を感じ、ぼくは彼の事が好きになった。

翌92年秋 <トラットリア> からリリースされたセカンド・アルバム 『スペース・ドライバー』 を今聞くと実によくできたロック・アルバムであることがわかる。同時代の英国音楽の最良のエッセンスを彼らなりに消化吸収し、ファーストの時点では渦中うえに対象化しきれなかった”マッドチェスター”との間に、いい意味で距離を置くことに成功している。楽曲の完成度もファーストとは比べものにならないほど上がっており、ヴァラエティにも富んでいる。さすがに初期から最近に至るまで「どの時期のプライマルも好きで好きでたまらない」感じが微苦笑を誘うが、もしもこれを愛と呼べず、単なる物真似とかコピーと言うのなら、少しは自分の耳を疑った方がいい。ついでにその偏狭な音楽観も。確かにその歌唱スタイルは、プライマル・スクリームのボビー・ギレスピーとの比較を誰にでも容易に許すだろう。でも、この際はっきりさせておくがそんなことどうだっていい問題だ。大事なのは 「ボビー(ミックでもジョンでもオーティスでもサム・クックでも同じだ)みたいに歌いたい」 という気持ちが、本人も気付かないでいた彼自身の”声”を引き出すかどうかだ。プライマルそっくりの 「POURING RAIN IN A WINTER」 というバラードを聴くたびに 「とにかくソウルフルに歌いたい」 という、沖野の内面から溢れ出る情熱が「ボビーみたいに〜」を越える瞬間があることを発見し、なんだかぐっときてしまう。

その後、精力的なツアーを行い、ライブ・バンドとしての実力を蓄えてきた彼らは、翌93年”ムーヴメント”との心中を嫌い(あたりまえだ)、ダンス・フロアーを意識しない正攻法のアプローチで3枚目の、そして結果的にラスト・アルバムとなる 『ビッグ・サッド・テーブル』 を発表する。サイモンとガーファンクル 「THE BOXER」(!)のカヴァーを含むこの作品は、ライブの勢いをそのままレコーディングに持ち込んだ充実作だったが、一方でそれまでの英語詞オンリーから大半が日本語になるなど、彼らにとってはかなりの冒険を行った問題作でもあった。完全洋楽指向のバンドにとって言葉の問題は、純粋に技術的なものであるが故にその壁は高い。確固としたソングライティングの方法論をつかむに至らないままそこに突っ込んだことによる迷いがボディ・ブロウのように効いてくる   ---   ヴィーナス・ペーターの悲劇はその迷いをバンド全体で分かち合うことがついにできなかったことにある。元々ソロ・アーティストとしての資質が強かった沖野が銃爪を引き、94年1月、ヴィーナス・ペーターは解散する。ラスト・シングルのタイトルは 『SHOTGUN BLUES』 だった。

このライナーを書くために、彼らの曲を幾度となく聴き返してみて思うのは、「いいバンド」 だなというのはもちろんだが、踏みとどまって格闘する姿をもっと見てみたかったという気持ちだ。解散は必然だったとは思うが(フリッパーズ・ギターとそこは一緒だ)、おそらく沖野が言いたかったことは、初めて会った時から変わらず 「酔っ払った時がいちばん幸せ」 と 「ほんとは何やってもつまんないんだ」 の2つしかなかったとぼくは思う。OKだ。全然OKだ。それこそが90年代の日本の若者が歌うべきテーマだ(笑)。バンドとしての生命こそ一旦は終えたが、沖野をはじめメンバー1人1人のその後に幸多かれしことを祈りつつ、10月2日<渋谷クラブ・クアトロ>で実現する”一夜限りの”再結成を、ぼくは胸踊らせて待つことにしよう。ぼくは「PAINTED OCEAN」「SWEETEST NOTHING」「THE TRIP MASTER MONKEY」、あたりがお気に入りだが、果たして彼らはあなたのフェイバリット・ナンバーを何曲やってくれるだろう?

1996.9.5 北沢夏生(クール・レジスタンス・カウンシル)

P.S. もっとも、あなたがこのCDを手にしている時点では、ワン・ナイト・スタンドはその幕を閉じているのだが・・・・。果たして沖野に再び悪魔は乗り移ったのだろうか?

Introductionに戻る


contact us